2014年10月30日

ジェノヴァから行くチンクエテッレ日帰り観光!


こんにちは。ジェノヴァ情報スタッフの黒木です。

チンクエテッレに行くときは、近郊の街(サンタマルゲリータリグレ、ポルトフィーノ、ポルトヴェーネレあたり)に滞在し、日帰りでゆっくり見るのが良いということでお勧めしていますが、
― というのもチンクエテッレの村にはあまりホテルがなく、スーツケースを引きずって駅からホテル迄歩くのもまた一苦労なので ― 
ジェノヴァからも以外に簡単にいくことが出来、4つの街を十分堪能できるので、
今回「ジェノヴァから行くチンクエテッレ日帰り観光」をご紹介します!

注:今回は10月初旬のスケジュールですが、11月〜3月までは船が運休になったりするので、その点は注意してくださいね。

ジェノヴァからは直通または1回乗り換えで、チンクエテッレの街へ。
ジェノヴァからの直通列車は本数が少ないですが1時間20分程度で到着します。
1回乗り換えでも乗り換え駅が小さいので、反対側のホームからすぐに乗り換えができるので楽ちんです。8:25の電車に乗ったので、乗り換えを含めて2時間強にて最初の街、リオマッジョーレに 10:40頃到着!

リオマッジョーレの駅を降りると、中心地へ抜ける水中トンネルのような鮮やかな色のトンネルをくぐります。

リオマッジョーレのトンネル

中心地をぶらぶら。
カラフルな建物の街並みが続き、お店を覗きながら散策するのも楽しいです。

リオマッジョーレの中心

少し散歩したところで、今度は上からのパノラマを観に、丘の上の展望台まで歩きます。

道を進んでいくと、小さな要塞(お城)が見えてきます。あそこまで行きます

リオマッジョーレのメインストリート

リオマッジョーレの旧市街

メインストリートのコロンボ通りを登って進んでいくと、こんな狭い小道が! 

リオマッジョーレの階段

ここが近道のようです。

途中のサンジョヴァンニ教会までたどり着きました。

サンジョヴァンニ教会前

サンジョヴァンニ教会

ここからの眺めも綺麗!

サンジョヴァンニ教会前からのパノラマ

眺めが綺麗なリオマッジョーレのパノラマ


要塞はもうすぐです。


さらにこの細い小道を進むと

要塞までの階段

要塞につきました。

リオマッジョーレの要塞

眺めは格別です

リオマッジョーレの要塞からの眺め

初めのチンクエテッレの街からのパノラマを堪能した後は、また小道を降りていきます。

リオマッジョーレの要塞からの下り道

小さな港への道です。

リオマッジョーレ港までの道

港と呼ぶのでしょうか。。。各島へ渡る船着き場からは雑誌に出てくるような素朴で美しい自然に逢えます。

リオマッジョーレ船着き場

1時間半程滞在し、12時の船にてリオマッジョーレを出発!
ばいばい。リオマッジョーレ。 船から見たリオマッジョーレの街の風景です。要塞も小さく見えます。

海から見たリオマッジョーレの街


残念ながら愛の小道は封鎖中なので、(2015年再開予定とのこと)、船にて次の街「マナローラ」へ。
15分で到着。
マナローラでは、船に乗ろうとたくさんの人が待っています。

マナローラに到着

マナローラにもたくさんの観光客がいました。ただこちらの街は他の街と比べてお店も少なく、
メインストリートが1本なので、ゆっくり往復して30分程度いれば十分でした。

マナローラの中心街

マナローラの船着場


ということで、12:45の船に乗ることにしました。

マナローラを出発

お次の街は、コルニリア。こちらは船からは行くことが出来ないので、船上からの眺めだけにしました。

コルニリアの船上からの眺め

こちらも高台にお家が密集して建っていて典型的なチンクエテッレの風景です。

15分ほどで、4つ目の街、ヴェルナッツァに到着。ここで13時くらいになりました。

ヴェルナッツァに到着

マナローラより賑わっています。

ヴェルナッツァの中心地

ヴェルナッツァのメインストリート

ちょうどお昼時なので、ここでランチをすることにしました。美味しそうなレストランを選んで、
魚介類のミックスフライと白ワインを頂きました。

ヴェルナッツァのレストランにて

ちょっと観光客向けのレストランだけど、観光地なだけにやむを得ないかな。

エビのフライも美味しかったけど、ズッキーニやニンジンの短冊切りのフライも入っていてGOOD!

港の前の教会

ヴェルナッツァの教会


おお、この港がよく雑誌に出てくるチンクエテッレの風景なのね。

ヴェルナッツァの港

ただ、近場で見ると分かりずらい。 こんな感じで遠くから撮ると、

雑誌に出てくるヴェルナッツァの風景


「まさに」という写真が取れるのだと思います。

こちらは高台にある要塞につながる小道です。

ヴェルナッツァの小道

ぐるりと散策しました。

お昼も食べてそのあとの船に乗ったのは15:00過ぎ。最後の街モンテロッソアルマーレに15:15到着。
こちらは、リゾート!という感じで、海岸には10月だというのにたくさんの海水浴をする観光客がいました。

残念ながら、カメラの電池がなくなってしまい、ここで写真は終了。

モンテロッソアルマーレをくるりと見て、16:50の列車でジェノヴァへ帰着。帰りは直通だったので
18:00 にはジェノヴァ・ブリンニョラ駅へ到着しました。 

一つ一つの街がコンパクトなことと、チンクエテッレの場合は、船での移動も観光の一部で楽しいので、
こんな風に日帰りでOKです。

ジェノヴァを起点にすれば、イタリア周遊の他の街と組み合わせるのもぐっと楽なはず。
皆さんもジェノヴァから日帰りチンクエテッレ観光を楽しんでみてくださいね。

ジェノヴァ情報スタッフ 黒木優子

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posted by イタリアエクスプレス情報スタッフ at 23:11| Comment(0) | 観光スポット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

ローマ・コロッセオを詳しく解説!


ローマ情報スタッフの星野です。
皆さんこんにちは。
ここローマは10月だというのに日中は30度越えしてます。ただ風は冷たいので、秋だなぁ〜とは思いますが・・・。そして、朝晩はかなり冷え込みます。

さて今回ご紹介するのは、コロッセオ(COLOSSEO)です。ローマと言えばコロッセオ、コロッセオと言えばローマ。


コロッセオの全景

ローマに来たことがある人は必ず訪れているかと思います。

現在コロッセオは修復に入る準備をしています。
さて何故修復中ではなく、修復準備中かと言うと、コロッセオは言わずとも知れた世界でも有名な観光地。
修復中と言えども閉鎖する訳にはいかないので、万が一修復作業中に石が落ちても大丈夫な様に、一番上から石を落として、どの辺に落ちるかを測ったりしているのです。

地下鉄駅・コロッセオ

コロッセオの名前は今では地下鉄名にもなっているぐらい定着していますが、本当の名前は違います。本当の名前は「フラヴィウスの円形競技場」と言い、この円形競技場を作った皇帝親子の苗字がついてます。
では何故コロッセオと呼ばれているかと言うとコロッセオの出来る前、暴君で有名なネロ帝の巨大な像が 側にあったためとか(ラテン語で巨像の事をコロッソCOLOSSOと言ったため)。

英語の競技場を意味するコロシアムの語源にもなっています。

ちなみに現在ネロ帝の巨像は残っていません。下の写真は小さいネロ帝の像です。

ローマ皇帝ネロの像


元々このコロッセオが出来る前何があったかと言うとネロ帝の私邸、黄金宮殿の一部であった人工池があり、ネロ帝の死後暴君の物は何一つ残したくないと言う事もあり、水を抜いた池の跡地をそのままコロッセオの土台にしたのです。

紀元72年にヴェスパシアヌス帝によって建築が開始され、80年にヴェスパシアヌス帝の息子ティトス帝によって完成しました。
完成した時には100日間にわたって競技が開催され、なんと9千頭もの猛獣が殺されたとか。

コロッセオは楕円形をしており、その直径は長いところで約187メートル。短いところで約155メートルあり、外壁の高さは約50メートルあります。当時約5万人の観客を収容する事が可能だったとか。

外壁の円周を4等分した部分に4つのアーチが開いており、競技場入り口になっていました。その内の一つは皇帝専用の入り口でした。席は全て階級別に分かれており、1階は大理石製の椅子(現在は剥がされて残っておりませんが)には元老院などの貴族階級が座り、2階が庶民の木製席、3階が立ち見席となっていました。
また、皇帝の席には1日中直射日光が当たらない様に設計されており、一般席にも20分以上日光が当たらない様に工夫されていました。

コロッセオ内・大理石の席

一部残った大理石張りの席

また雨天の場合には競技場全体を覆う巨大なテントが張られていました。

コロッセオのテント

また完成当初は水を引いて模擬海戦も上演されていましたが、その後複雑な舞台装置を設置したため、模擬海戦は不可能になりました。

コロッセオの地下

ちょっと見づらいですが、コロッセオの地下を模型で再現したものです。
人口エレベーター等もあり、かなり現在の舞台にも似ています。

さて、気になる競技内容は、もちろん映画『グラディエーター』でも有名ですが、奴隷剣闘士同士の殺し合いから猛獣との戦い、戦車競争など当時の古代ローマ人たちが好む競技が開かれていました。

奴隷剣闘士

主催者はもちろん皇帝です。何故このようなイベントが多く開かれたかと言うと、一つは人気取り、もう一つは政治から目を反らさせるのが狙いでした。

コロッセオの床部分

現在のコロッセオの中は床が剥げ、地下が見えてます。

コロッセオの床張り

2階に上がると各地方のグラディエーターの衣装が展示されています。

グラディエーター衣装

当時の再現

何度見てもコロッセオの素晴らしさは変わらず、見るたびに当時の建築技術の凄さに感動してしまいます。

by ローマ情報スタッフ 星野亜矢子  hoshino.jpg


ローマ旅行はイタリアエクスプレスへお問い合わせください。
posted by ローマ情報スタッフ・星野亜矢子 at 10:00| Comment(0) | 観光スポット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月23日

ローマ最古の牢獄・マメルティヌスの牢獄


ローマ情報スタッフの星野です

今年もやって参りました、ローマの誕生日!!

4月21日の誕生日に先駆けて、14日から22日までほとんどの国営、市営美術館はタダになりました。
そして、誕生日の前日20日から22日にかけてたくさんの催し物がされました。

まず、美術館がタダとは知らずに行ったローマ最古で唯一の牢獄、マメルティヌスの牢獄(Carcere Mamertino)に行ってきました。

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通常10ユーロのところ、7ユーロだったので不思議には思ったのですが安いし、まぁいっかと思っていたのですが、後でタダの日なのに値下げだけだったと知りました。
損したような得したような複雑な気持ちでしたが・・・。

ローマ最古と言っても、もちろん現在は牢獄としての機能はありません。
この牢獄が有名なのは、古代ローマ時代にあった唯一の牢獄と言う事ではもちろん、イエス・キリストの一番弟子であるサン・ピエトロ(聖ペテロ)とサン・パオロ(聖パウロ)のローマの守護聖人2人が投獄されていたことです。

そして、この牢獄に入れられる人たちは古代ローマにとって危険重要人物だった人たちだったそうです。

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現在は上にサン・ピエトロ・イン・カルチェレ教会、更に上にサン・ジュゼッペ・デイ・ファレニャーミ教会(上記の写真に写っている教会)が建てられています。

この牢獄は紀元前7世紀ごろ建設され、元々は地下2階の泉の水を溜めて置く貯水槽として建設されましたが、その貯水槽とクロアカ・マキシマ(古代ローマの下水システム)を結ぶ排水路が建設され、死体を押し流すのにそれを使うようになったと言われています。

牢獄として使われるようになったのは、紀元前6世紀ごろと言われています。
下の構図の様に4層に分かれており、一番下から地下2階の牢獄(4)、地下1階の囚人を降ろす所(3)、サン・ピエトロ・イン・カルチェレ教会(2)、サン・ジュゼッペ・デイ・ファレニャーミ教会(1)になります。


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入り口はカンピドーリオよりのフォロ・ロマーノの出口前にあります。

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さて、中の見学は1時間毎に小グループに分かれて出発します。
全員イヤフォンガイドで説明を聞きます。

残念ながら、日本語は無く、イタリア語、英語、スペイン語、フランス語の4カ国語のみでした。

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チケット売場、その奥に入口があります。

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入口に入るとすぐ階段があり下に降ります。

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階段を下りると小スペースがあり、ここが地下1階になります。
サン・ピエトロとサン・パオロの像の祭壇があります。

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更に下に行く階段が。

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この階段自体は中世に作られたものです。
では、どの様にして投獄されたかと言うと、

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地下1階の床に人一人が通れる穴があります。
なんとここから降ろされたそうです。

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地下2階に行く階段途中にある壁。
サン・ピエトロがローマ人によって捕まり(当時キリスト教は禁じられていたので)、暴行を受けていた時に壁に顔を叩き付けられたのですが、顔に傷を負うどころか、壁がサン・ピエトロの顔型にへこみ怪我をしなかったと言う奇跡が起こったそうです。現在もその顔型にへこんだまま残った壁が見ることが出来ます。

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これが地下2階の牢獄、現在は昔よりもう少し広かったみたいですが、とにかく狭くて暗い!!

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上の写真の柱はサン・ピエトロが繋がれていた柱。

そして繋がれていた鎖は現在(以前紹介した隠れミケランジェロでも書きましたが)サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会に保管されています。

穴は鎖を固定していた穴です。
見づらいですか、石碑の横に24時間常に灯りが点いていた蜀代が今でも見られます。

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さらに柱の前辺りの床には穴が開いています。
この下には水が現在も流れており、雨が降ったりした時は現在も水が床の上にまでくるそうです。

もちろん古代ローマ時代も水は流れており(その為に貯水槽だった訳ですから)、水が床の上まで来た時は囚人たちは水に浸かった状態で過ごすといった、牢獄としては最悪の状況だったそうです。
それもそのはず、ここに入る人たちは死刑囚なので、現在の様に人権などは全く存在しなかったそうです。

その為、一度入れば忘れられて、牢獄がいっぱいになった頃、死刑が実行されたとか・・・。
さて、この床下の水は現在聖なる水と言われ、サン・ピエトロが投獄されていた時、囚人や看守たちに洗礼した時に使われた水だからだそうです。

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非常に見づらいですが、地下2階から見た囚人用の入口穴。
そしてここを抜け地上階に上がると、牢獄の歴史、サン・ピエトロの歴史をスクリーンで鑑賞します。

そしてツアーでしか公開されていないサン・ピエトロ・イン・カルチェレ教会の見学へ。

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実に質素な教会です。
ここでツアーは終了。

外に出て、サン・ジュゼッペ・デイ・ファレニャーミ教会へ。

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下と違って実に豪華です。

それぞれサン・ピエトロとサン・パオロはあくまでもここに投獄されていただけで、処刑された場所は違います。

サン・ピエトロはバチカンの丘で逆さ十字に掛けられ、サン・パオロはローマ中心街から離れた場所で首を斬られて処刑されました。

興味のある方は是非一度訪れてみてください。


by ローマ情報スタッフ 星野亜矢子  hoshino.jpg



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posted by ローマ情報スタッフ・星野亜矢子 at 00:00| Comment(0) | 観光スポット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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